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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)9555号 判決 2000年6月30日

原告

三谷礼子

原告

西村幹子

右両名訴訟代理人弁護士

小久保哲郎

被告

有限会社わいわいランド

右代表者代表取締役

福森均

右訴訟代理人弁護士

岸本亮二郎

川本修一

被告補助参加人

堺ヤクルト販売株式会社

右代表者代表取締役

田原吉次郎

右訴訟代理人弁護士

藤田勝治

主文

一  被告は原告三谷礼子に対し,81万円並びに内24万円に対する平成11年4月7日から支払済みまで年6分の,内57万円に対する平成11年4月7日から支払済みまで年5分の各割合による金員の支払をせよ。

二  被告は原告西村幹子に対し,33万円及びこれに対する平成11年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払をせよ。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを5分し,その1を被告の,その余を原告らの各負担とする。

五  この判決は,第一,第二項に限り,仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  原告ら

1  被告は,原告三谷礼子に対し,382万円並びに内24万円に対する平成11年4月7日から支払済みまで年6分の,内358万円に対する平成11年4月7日から支払済みまで年5分の各割合による金員の支払をせよ。

2  被告は,原告西村幹子に対し,382万円並びに内24万円に対する平成11年4月9日から支払済みまで年6分の,内358万円に対する平成11年4月9日から支払済みまで年5分の各割合による金員の支払をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二主張

一  原告らの請求原因

1  当事者

(一) 原告三谷礼子(以下「原告三谷」という。)は,平成元年4月から平成11年3月まで,10年間にわたり幼稚園教諭の職にあり,平成10年4月1日から平成11年3月末日までは,箕面市所在の栗生幼稚園において教諭として稼働していた者である。原告三谷が,栗生幼稚園に勤務していた当時の給与額は,月30万2000円(手取り25万7138円)であった。

(二) 原告西村幹子(以下「原告西村」という。)は,平成元年4月から平成9年3月までの8年間幼稚園教諭として稼働し,その後,兄が経営する有限会社小畑工務店において事務職として勤務する一方,ベビーシッター,家庭教師のアルバイトをしながら保育に関する勉強を続けてきた者である。原告西村が,小畑工務店に勤務していた当時の給与額は,月約17万円であり,ベビーシッター等のアルバイト料は月約2ないし3万円であった。

(三) 被告は,大阪市北区中津<以下略>に本店を置き,経営に関する各種情報の提供,幼児用教育出版物の販売等を目的とする有限会社である。被告は,フランチャイズ方式で園長を募集する方法で,柏原園,寝屋川園,塚口園など計10箇所において小規模な無認可保育所(託児所)を経営している。

2  雇用契約締結

(一) 被告は,平成10年11月2日,原告三谷に対し,勤務時間午前8時30分から午後3時30分まで,賃金月額25万円との労働条件を示して,被告が補助参加人の委託を受けて業務開始する予定であったヤクルト保育ルームのトレーナーとして勤務するように申し入れ,雇用契約の申込みをした。これに対して,原告三谷は,同日,承諾し,雇用契約が成立した。

(二) 被告は,平成11年1月20日,原告西村に対し,勤務時間午前8時30分から午後3時30分まで,賃金月額25万円との労働条件を示して,右ヤクルト保育ルームのトレーナーとして勤務するように申し入れ,雇用契約の申込みをした。これに対して,原告西村は,同年2月1日,承諾し,雇用契約が成立した。

(三) 仮に右が認められないとしても,被告代表者は,平成11年3月27日,被告事務所において,原告三谷及び同西村に対して,それぞれ雇入通知表(<証拠略>)を交付し,これにより,被告が補助参加人の委託により業務開始予定であったヤクルト保育ルーム等の保母及びトレーナーを仕事内容とし,賃金は,基本賃金10万円,諸手当14万円とする期間の定めのない雇用契約が成立した。

3  解雇及びその違法性

(一) 被告代表者は,同年4月6日,原告三谷に対して,「ヤクルトから断られたので,申し訳ないがこのお話はなかったことにして下さい。」と述べて,解雇を通告した。

(二) 被告代表者は,同月8月,原告西村に対して,「ヤクルトから断られたので,この話はなくなった。」と述べて,解雇を通告した。

(三) 被告は,原告らを雇用する際にヤクルト保育ルーム設立が不確定であることを一切説明せず,むしろこれが確実なように説明していた。そのため,原告らは,被告に確実に雇用されるものと信じて,原告三谷は勤務していた栗生幼稚園を退職し,原告西村は,打診を受けていた浪速短期大学付属幼稚園教諭の就職を断り,被告との雇用契約を締結したものである。しかるに,被告は,突然解雇を通告したもので,本件解雇が雇用契約上の信義則に著しく反した違法な解雇であり,社会通念上相当として是認できない解雇権の濫用である。このような解雇権濫用は,原告らに対する不法行為であり,かつ雇用契約上の信義則に反するものであるから,被告は,右各解雇によって原告らが被った損害を,それぞれ賠償する不法行為責任又は債務不履行責任を負う。

4  損害

(一) 得べかりし賃金各288万円

原告らは,本件各解雇によって,失職したが,解雇されなければ得られた賃金は右解雇によって生じた損害である。保母の雇入れ時期は通常年度初めであるから,本件解雇によって原告らは,少なくとも向こう1年間失業する蓋然性が高い。そこで,月額24万円に12を乗じた288万円が得べかりし賃金である。

(二) 慰謝料各50万円

原告らは,いずれも平成11年4月以降は被告において稼働することを当然の前提として生活設計をしていたのであり,原告三谷においては従前勤務していた栗生幼稚園を同年3月末をもって退職し,原告西村においては浪速短期大学附属幼稚園への就職の誘いを断って,それぞれ被告への就職に備えていたのである。それが同年4月に入ってから突然一方的に解雇通告されたことによって,原告らは賃金によって生活する術を奪われたのであり,しかも被告からは,これについて理不尽かつ不誠実な説明しかされず,これらたよって,原告らは著しい精神的苦痛を被った。右精神的苦痛を金銭に換算すると,それぞれ50万円を下らない。

(三) 弁護士費用各20万円

原告らは,本件訴訟を原告ら訴訟代理人に委任したが,その弁護士費用は各20万円が相当である。

5  請求

よって,原告らは,被告に対し,労働基準法20条1項に基づく解雇予告手当24万円及びこれに対する解雇通告の日の翌日(原告三谷については平成11年4月7日,原告西村については同月9日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金,及び,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求として358万円及びこれに対する解雇通告の日の翌日から支払済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

なお,従来,違法不当な解雇に関して司法上の救済を求める場合,解雇無効構成により,地位確認,賃金支払請求訴訟を提起するのが一般であった。しかしながら,違法不当な解雇を受けた労働者は,職場に当該労働者を支える労働組合等が存在しない限り,復職を望まないのが通常であり,地位確認訴訟等も訴訟手続の中で和解することで実質的に金銭補償を得ることを目的として便宜的に利用されることが多いのが実務の実情である。かかる実情からすれば,むしろ端的に,違法な解雇に対しては,不法行為又は債務不履行に基づく逸失利益(得べかりし賃金)を中心とした損害賠償請求を認めるべきである。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1(一)及び(二)の事実は知らないが,同(三)の事実は認める。

2  同2の事実の内,被告代表者が,平成11年3月27日,被告事務所において,原告三谷及び同西村に対して,それぞれ雇入通知表(<証拠略>)を交付したことは認めるが,その余の事実は否認する。

3  同3の事実の内,被告代表者が,同年4月6日,原告三谷に対し,「ヤクルトから断られたので,申し訳ないがこのお話はなかったことにして下さい。」と述べ,また,同月8日,原告西村に対し,「ヤクルトから断られたので,この話はなくなった。」と述べたことは認めるが,その余は争う。被告と原告らとの間には雇用契約は成立していないし,被告に不法行為責任,債務不履行責任はない。仮に,雇用契約が成立していたとしても,右雇用は,被告の新規事業の実施のためのものであり,原告らは未だ就業もしていないのであるから,被告の新規事業の不成立を理由に解雇したとしても,解雇権の濫用にはならない。

4  同4は否認する。

5  同5は争う。

三  被告の抗弁

1  条件付き雇用契約

(一) 被告は,平成10年11月2日,原告三谷が被告事務所を訪れた際に,ヤクルトの保育ルームについて業務委託の話があるので,トレーナーとして手伝ってもらえないかと打診をしたが,その頃は,業務委託の話し合いも緒に着いたばかりで,将来ヤクルトとの間で正式に業務委託が出来た場合のことである旨説明をし,右雇用が補助参加人との業務委託の成立が前提である旨の話をし,原告三谷もその旨十分理解をしていた。また,平成11年2月22日,原告三谷に対して,ヤクルト側の資料である入所申込書(<証拠略>),ヤクルトミルミル保育ルーム・保母業務要領(<証拠略>),保育業務委託内容,(<証拠略>)を交付したが,これらの資料からも明らかなように,被告がこれから新規事業として行うヤクルトの保育ルームの説明であって,雇用は,業務委託の話がうまく行った時の仕事の話であることは原告三谷も十分承知していたものである。

(二) 被告代表者は,平成11年1月ころ,原告西村に対し,ヤクルトから業務委託を受け新規の保育事業を行うのでその仕事を手伝って欲しい趣旨の手紙を出したことがある。そして,同年1月20日ころ,被告事務所を訪れた原告西村に対してヤクルトの保育ルームの概略を説明し,業務委託契約が成立した暁には,是非とも手伝って欲しい旨話をした。従って,原告西村も,雇用は,補助参加人との業務委託が前提条件であることを十分承知していた。被告は,平成11年2月22日,原告三谷と同様ヤクルト側の資料である入所申込書,ヤクルトミルミル保育ルーム・保母業務要領,保育業務委託内容を交付しており,このことからも,将来ヤクルトとの業務委託が成文した場合の募集であること明(ママ)らかである。

(三) そこで,原告らとの交渉は,正式採用までの手続過程に止まるというべきであるが,仮に合意に至っていたとしても,未だ,予約又は採用内定に止まるものであるか,若しくは補助参加人との業務委託契約の成立を停止条件とするものである。従って,社会通念上相当な事由があれば,採用内定の取消しは可能である。

2  条件成就等

原告らの雇用の前提となっていた補助参加人と業務委託契約は,平成11年2月25日ころには概ね了解点に達し,同年3月30日には契約書を取り交わす予定であったが,補助参加人から突如として業務委託契約を白紙撤回する旨を通告され,業務委託契約の締結に至らなかった。本件では,原告らのトレーナーの仕事は,補助参加人との業務委託契約が成立して初めてあり得たわけであり,補助参加人からの一方的な業務委託契約の拒否によって被告の新規事業は不可能となったのであり,内定の取消しには,社会通念上相当な事由がある。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

理由

一  当事者について

(証拠・人証略)によれば,請求原因1(一)及び(二)の各事実を認めることができる。同1(三)の事実は当事者間に争いがない。

二  雇用契約の成立について

1  (証拠・人証略)によれば,次のとおり認めることができる。

(一)  被告は,平成10年10月5日,補助参加人の常務取締役竹田洋から同社のヤクルトレディに対する福利厚生施設である保育ルームについて,業務委託を受けてもらえないかとの打診を受け,これに積極的に取り組み,その後,交渉を続けて,平成11年2月4日には,補助参加人に保育業務委託企画書を呈示したものの,同月19日の段階でも,基本委託料について月額200万円程度の開きがあった。しかし,被告は,同月25日ころには,基本委託料について補助参加人の要望を受け入れる方向を示し,同年3月11日には,業務委託料を月額600万円に譲歩した業務委託契約書の原案を示し,これによって同月30日には契約が成立するものと考えていた。

被告は,補助参加人と交渉する一方で,補助参加人と契約が成立した場合の準備として,そのスタッフの確保を考え,平成10年11月2日には,原告三谷に補助参加人から委託を受けて保育事業を行うと説明し,賃金及び勤務時間を示すなどして,そのトレーナーとしての就職を勧誘し,同原告から概ね承諾する旨の返事を受けた。また,その後,平成11年1月20日ころ,原告西村にも同様の勧誘をし,同原告は,同月30日,被告に賃金などの労働条件を確認し,同年2月1日,仕事を引き受ける旨の回答をした。そして,被告は,その後,原告らから労働条件の明確化を求められたことから,平成11年3月27日,仕事内容,勤務時間,賃金等を記載した雇入通知表及び同年4月の日程表を交付し,翌日の園長会議への出席を求めた。右雇入通知表には,雇用が補助参加人との業務委託契約の締結を条件とする旨の記載はなく,また,被告代表者から口頭でそのような説明がされたこともない。

(二)  右日程表では,原告らは4月1日から勤務することとなっていたところ,原告三谷は,雇入通知表及び右日程表の交付を受けた際,被告代表者に対し,同日は身内の結婚式があるので,同月5日から勤務するようにして欲しいと申し入れ,被告代表者はこれを承諾した。そして,原告三谷は,同年3月28日の被告における園長会議に出席し,その際,被告代表者から,トレーナーとして紹介された。原告三谷は,同年4月5日,被告代表者に,これから出勤すると電話をしたところ,「今日は来なくてもいいから明日来てくれ。」と言われ,同月6日,出勤して,被告代表者から,被告への就職の話はなかったことにしてくれと言われるに至った。

(三)  原告西村は,大学に就学してスクーリング等を受けたいとの希望を持っており,被告の雇用に応じる意向になったのは,被告代表者から就業時間が午後3時30分までであるなどと聞いていたことが1つの理由であったが,同年3月27日に交付された雇入通知表には就業時間が午後6時までとなっており,賃金についても被告代表者の従前の説明より低かったことから,「考えさせて欲しい。」と言い,これに対し,被告代表者は,「自分のことだからよく考えて下さい。」と答えた。原告西村は,同年3月28日の被告における園長会議に出席し,その際には,被告代表者から,トレーナーとして紹介された。原告西村は,同月30日,被告代表者に電話して,賃金の額を確認するとともに従前聞いていた条件と違うと責めたが,被告代表者から,賃金はどこでもこの程度であると告げられたため,同年4月1日からは出勤できないことと大学におけるスクーリングの時間と被告の就労時間を調整できるかどうかを確認する旨告げた。その後,原告西村は,同年4月6日午後3時ころ,原告三谷から,被告の仕事がなくなったと連絡を受け,喫茶店で待ち合わせをして相談し,その後,同日午後6時ころ,被告代表者に電話し,同月12日から勤務すると連絡したところ,被告代表者から早く来て下さいと言われ,同月8日,出勤することを約した。そして,同日,雇用の話がなくなったとの告知を受けた。

2  右事実に鑑みるに,被告の平成10年11月2日の原告三谷に対する就職の勧誘は,その前提となる補助参加人との業務委託についての交渉が開始されて間がなく,その実現の可能性が計り知れない時期であり,就労の開始時期も数か月先で明らかでなかったから,被告にその時期において明確な雇用契約を締結する意思があったとは考えられず,労働条件についても,大雑把な内容であって,その内容を明確にする書面が作成されているわけでもないから,被告の勧誘を雇用契約の申込みとまで認めることはできず,同日,原告三谷が雇用に応じる返事をしたことをもって雇用契約が成立したと認めることはできない。

しかし,被告が原告らに交付した雇入通知表(<証拠略>)は,雇用契約の申込みということができ,原告三谷は,即これに承諾したということができるから,原告三谷と被告との間では,雇用契約が成立したものと認めることができる。

被告代表者は,原告らに交付した雇入通知表については,労働条件を明示するために,たまたまその用紙を使っただけで,これに雇用することを通知する意味はない旨述べるが,右雇入通知票は,被告の社印の押捺された書面であって,メモとして用いる体裁の書面ではなく,右被告代表者の供述は採用できない。

また,被告は,原告三谷の雇用について,予約,採用内定の段階であるといい,また,停止条件付契約であると主張するのであるが,同原告が被告の交付した雇入通知表に記載のある雇用条件に異議を言わず,承諾したことは明白であり,就労開始が先のことであるとしても10日に満たない程度であるし,他に,雇用契約書を作成するなどの手続が予定されていたものではない。また,被告が原告らを雇用する目的は,被告が補助参加人との間で業務委託契約を締結して新規の保育事業を行うについて保母及びトレーナーを確保することにあり,その趣旨は,同原告に伝えられていたことは認められるが,前述のように,補助参加人との業務委託契約成立が雇用の条件であると,明示されていたものではない。これらによれば,原告三谷と被告との契約を,予約や採用内定又は条件付契約であるということはできない。

3  被告は,平成11年1月20日ころ,原告西村にも,労働条件を示すなどして,就職を勧誘したが,この時期においても,就職の前提となる補助参加人との業務委託契約は,両者間で契約条件に相当の開きがあり,合意成立の見通しがあったわけでもなく,この時点で,被告に明確な雇用契約を締結する意思があったとは考えられず,また,被告が示した原告西村に示した労働条件はヤクルト保育ルームのものをそのまま示している程度であって,明確でない部分も多く,原告西村は,同月30日,被告に労働条件を確認したうえで,同年2月1日,仕事を引き受ける旨の回答をしているけれども,原告らにおいてその後労働条件の明確化を求めているように,労働条件について未確定の部分やあいまいな部分も存在し,就労の開始時期も4月上旬という程度しか明らかにできない時期であり,その内容を明確にする書面が作成されているわけでもないから,同日,原告西村が雇用に応じる返事をしたことをもって雇用契約が成立したと認めることはできない。

また,原告西村は,平成11年3月27日の雇入通知表を交付されたとき,これによる雇用申込みに承諾せず,同月30日に被告に電話した際にも,さらに就職するかどうかを考える旨を告げており,就職するかどうかを留保していたもので,未だ,被告の雇用申込みに承諾したとは認められない。そうであれば,原告西村については,未だ,雇用契約が締結されと(ママ)までは認められない。

原告西村本人は,スクーリングの時間と被告の就労時間を調整できるかどうかを確認する旨告げたことを,就職を止める趣旨はない旨述べるが,被告に告げる以上は,調整できない場合は就職しないことも考える趣旨であるといわなければならず,そうであれば,これをもって被告の申込みに承諾したものということはできない。

三  解雇について

1  被告代表者が,同年4月6日,原告三谷に対し,「ヤクルトから断られたので,申し訳ないがこのお話はなかったことにして下さい。」と述べたことは当事者間に争いがない。そして,これが今後の雇用関係を解消する趣旨であることは明らかであるところ,一旦確定的に雇用契約が成立している以上,未だこれに基づく就労前であっても,これを解消する旨の意思表示は解雇ということができる。

2  原告三谷は,被告による解雇は解雇権の濫用であるといい,被告はこれを争うので検討するに,(証拠・人証略)によれば,次のとおり認められる。

(一)  被告は,平成10年10月5日以降,補助参加人の保育ルームについての業務委託に関し,交渉を続け,平成11年3月11日には,被告から,業務委託契約書の原案を示すなどして,被告としては,同月30日には契約が成立するものと考えていた。そして,右交渉する一方で,補助参加人との業務委託に基づく事業の実施に備え,前述のとおり,原告らの就職を勧誘し,同月27日には,原告らに雇用契約の申込みをして,原告三谷からは承諾を得たが,同月30日,補助参加人から委託契約の締結を拒絶されてしまった。

(二)  原告三谷は,同年4月5日から勤務することとなっていたため,同日電話連絡したところ,被告代表者から,明日来て欲しい旨を言われ,翌6日,出勤すると,「ヤクルトから断られたので,申し訳ないがこのお話はなかったことにして下さい。」と告知された。なお,原告西村も,同月8日,「ヤクルトから断られたので,この話はなくなった。」と告げられた。

そこで,原告らは,中央労働事務所に相談し,同月13日,被告に抗議したが,被告代表者は,業務に従事する前であるから解雇ではなく,内定の取消しに過ぎない等と述べて取り合わなかった。

(三)  被告が,原告らを被告の他の部署において就労させることができるか否か,また,原告らの他への就職の手だてについて検討した形跡はない。

右によれば,原告三谷の解雇は,被告が予定していた新規事業が行えなくなったことによるものであり,被告が主張するように,就労前ではあるが,だからといって,直ちに解雇が合理性を持つものとはいえない。一旦雇用した以上は,労働者に解雇の原因がある場合ではないから,使用者として,解雇回避の努力をすべきであるところ,被告は,幼児用教育出版物の販売等を目的とする会社であり,10箇所において小規模な無認可保育所(託児所)を経営していることなどからすれば,他の部署における就労の可否を含めて解雇回避を検討することが可能であったと思われるのにそのような努力を真剣に行ったとは窺われないし,解雇が不可避である旨を十分に説明するなどの手続がとられたともいえない。そうであれば,右解雇は,社会通念上相当として是認できるものではなく,解雇権の濫用であるといわなければならない。

四  原告らの請求について

1  原告三谷は,解雇の無効を主張せず,解雇予告手当の請求と1年分の賃金相当額を逸失利益として損害賠償の請求をする。解雇権の行使が濫用であるということは,解雇が無効であり,雇用関係は継続していることとなり,使用者は,解雇予告手当を支払う必要はないが,賃金については支払義務がある。そして,当該労働者については,賃金請求権が存在するのであるから,それ以外に賃金相当額の逸失損害が生じるとはいえない。しかしながら,原告三谷は,復職を望まないとして,逸失利益等の損害賠償請求をするところ,解雇権の行使が濫用であるといえる場合であっても,労働者がその効力を否定しないことは差し支えない。ただし,このような場合,その解雇の意思表示は有効なものと扱われることになるから,解雇予告手当については,その請求はなし得るもの,賃金請求権は発生しないこととなる。

2  そこで,原告三谷に対する解雇予告手当の額にういては,労働基準法12条,同法施行規則4条により,24万円と推算する(昭和22年9月22日発基17号)。

3  原告三谷は,1年間の賃金相当額を逸失利益として請求するが,復職を望まないとの理由で解雇の無効を主張をしないことは,自らの意思によって雇用関係の解消をもたらすものであり,結局のところ,自ら退職する場合と同様である。従って,将来の賃金が逸失利益となることはない。なお,退職が違法に強制される場合は別論であるが,本件では解雇の事由が予定された新規事業が行えなくなったという点にあり,被告内における人的関係において復職を困難にする事情があるとはいえず,復職を断念せざるを得ないような精神的な圧力が加えられたようなことも認められず,原告らが就労することが予定された業務は存在しないから他の業務に就労することにはなるが,客観的に復職を不可能とする事情はない。そうであれば,原告三谷の賃金1年分を逸失利益として請求する部分は理由がないというべきである。

4  ただし,原告三谷に対する解雇は,それが解雇権の濫用であることは前述のとおりであり,被告において解雇事由とした事情が生じてからの解雇回避の努力を全くせずに解雇を告知したこと,その告知に至る対応の手続を併せ考慮するときは,これを不法行為ということができ,これによって原告らが著しい精神的苦痛を受けたことはこれを肯定できる。そして,これを慰藉するに相当な額は諸般の事情を考慮し50万円と認めるのを相当とする。

5  原告西村については,前述のとおり,雇用契約が成立していないのであるが,被告の雇入通知表は,労働条件を具体的に明示したもので,諸般の事情から,雇用契約の申込みと認められるところ,前記認定の事実からすれば,承諾期間を付与したものといえ,その期間経過といえない内に雇用契約の申込みを撤回したものである。そして,その経緯は,原告三谷について認定したと同様であり(三2),右申込みの撤回は,原告西村に対する不法行為になるというべきである。原告西村の主張は,解雇が不法行為になる旨の主張ではあるが,その解雇と主張する具体的な事実は,平成11年4月8日の被告代表者による就職の話がなくなったという告知であり,この告知によるよる(ママ)損害賠償を求めるものであるから,この告知が解雇の意思表示でなく契約申込みの撤回と評価される場合であって,この告知を不法行為として損害賠償請求をする趣旨を含むといえるから,これによって生じた精神的損害は認めることができる。そして,その額は,諸般の事情を考慮して30万円と認める。

6  弁護士費用は,原告三谷について7万円,原告西村について3万円を相当とする。

五  結語

以上によれば,原告三谷の請求については,解雇予告手当24万円及び不法行為による損害金57万円の支払を求める限度で,原告西村の請求については不法行為による損害金33万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は失当であるからこれを棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

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